『いつか、だんごになる日まで』

 朋也と渚、それに汐は古河家でのんびりと夕食後のひと時を過ごしていた。週末の古河家へ月に一回はやってくるのは、もう4年も続く伝統だった。
 だんごのワンポイントが入ったお気に入りのアップリケをかけた汐が、朋也のひざの上でだんごっだんごっと唄いながら機動戦士とセーラー戦士をとっくみ合せている。
 ――本人は仲良く躍らせているつもり――なんだろう。
「それにしても」
 そんな汐を眺めていた朋也が口を開いた。
「汐の遊ぶおもちゃは一昔前に流行ったものばっかりだな。幼稚園に通いだしたらやっぱり、最近のおもちゃをねだられたりするのかな?」
 そんな親娘を見ていた早苗さんが言の穂を継いだ。
「そうですね、きっとそうなると思います。渚のときも――」
「おかーさんっ!」
 あわてて渚が遮ろうとするが、早苗さんは止まらない。
「――だんご大家族が家の中でも大流行でしたから、大変でした」
「恥ずかしいですっ!」
 あー、それは確かに大変そうだ。店先に山と積まれただんごの前から動こうとしない渚が容易に想像できた。
 家の中にだんごがあふれかえる様を想像して、朋也が苦笑する。
「だんごお茶碗とか」
「ありましたね。フォークにスプーン、お箸とお皿、それにコップも」
「服なんかも?」
「もちろんです。パンツもだんごでしたよ」
 朋也はおもわず、だんごパンツをはいた渚を想像してしまった――中身は今のままで――。
「恥ずかしすぎますっ!」
(やべぇ、それはやべぇよ、渚!)
 そのとき、ゆらりと揺れた影がひとつ……
「誰あろう古河家の主、渚の父、そして汐のじいさん――」
「誰がじいさんじゃーーーっ!」
「やべっ、声に出てた」
「てめぇ……、いま何を想像しやがった!?」
「いいだろ、なんだって」
 嫁の艶姿を想像して何が悪い。
「よもや……、幼い渚のだんごパンツを想像したんじゃねぇだろうな!?」
「んなわけあるかっ! 俺はロリコンじゃねぇっ!」
「想像したのは今の渚のだんごパンツだ!」
「想像しないでくださいっっ!」
「ふっ……、俺は渚がだんごパンツで歩いてる姿をこの目に焼き付けてあるぜっ! どうだ! うらやましいかっ!」
「……くっ」
「そんなの焼き付けないでください! 朋也くんも、どうしてそんなに悔しそうなんですかっ!?」
「みなさーん、もう夜ですからあまり騒がないでくださいねー」
 ゴメンナサイ。
「みろ、てめーがパンツパンツつって騒ぐから怒られたじゃねーか」
「騒いだのはオッサンだろ」
 早苗さんと渚に叱られた朋也は汐をひざに抱えなおして、その頭を見下ろしながら言った。
「しっかし渚のだんご好きは年季が行ってるな。汐にも、そんなにずっと好きでいられるものが見つかるかな?」
「しおちゃんにも、だんご好きになってもらいたいです」
 それは間違いなく好きになるだろう。何せ母親がしょっちゅう歌っているのだ。
「それにもして、渚はどうしてそんなにだんごを好きになったんだ?」
 起動戦士を片手に、汐のセーラー戦士と踊らせ――ガチンコバトルにしか見えない――ながら朋也が訊いた。
 それは何気ない一言だった。何の他意も無い素朴な疑問。答えすら期待していない。
「だんごたちは可愛いですから」
 笑顔で答える渚を見る、二人の貌にも――気がつかない。
 汐があくびをした。
「しおちゃん、もう寝ましょうか」
 かわいく頷いた汐を抱えて朋也が立ち上がり、渚がそれに続いて部屋を出て行った。

 残った二人は目を合わせることもなくうつむいて沈黙していたが、沈黙の裡に会話していた。こんな真似は朋也と渚には、まだできない。
「そんじゃ、ちょっくら行ってくるわ」
 秋生が立ち上がる。
「はい」
「でも、朋也さんはきっともう気づいてると思います」
 そう言った早苗さんはもう、うつむいていなかった。
「そうだな、それも同意だ」
 秋生も柔らかく微笑む。滅多には見せない貌だった。
「渚は本当に、いい人とめぐり逢いました」
 秋生のそんな貌を引き出した朋也を思い、しみじみと言う。
「ぐっ、ぐぅおぉぉぉ……」
 朋也のことを認める男の部分と、素直に認めたくない父親の部分が葛藤する秋生だった。

「寝るまで、パパとママが歌を唄ってあげますね」
 ふとんの中の汐をはさんで、渚と朋也がだんごっだんごっと唱和する。
 汐にとって一番安心する光景であり、大好きな時間だった。
「♪――だいかぞく」
 歌が終わる頃には、汐は柔らかい寝息を立てて気持ちよさそうに眠っていた。
「さて、俺たちも寝るか」
「はい」
 川の字にふとんに入り、電気を消した。
 ………
 ……
 …
「朋也くん、おきてますか?」
 不意に、渚が声をかけた。
「ん? あぁ、まだおきてるぞ」
「その……、朋也くん見たいんでしょうか……?」
 見たいって何をだろうか? さしあたり、朋也には話しが見えない。
「なにを?」
「ですからその……、わたしの、だんごパンツです……っっ!」
 朋也の全身が脱力した。横になっていなかったらずっこけただろう。
「お前、今日、酒飲んだっけ?」
「飲んでないです。どうしてですか?」
 シラフでこんなこと訊くなんて、やっぱり渚ってスゲー。そんなことを思う朋也だったが、これに乗らない手は無い。
「あのな、渚」
「はい」
「だんごパンツに限らずな、おまえのするどんな格好だって俺は見たいよ」
「あ、ありがとうございます……それでその、朋也くんは見たいんでしょうか……」
「ああ、おまえのするどんな格好だって、俺は見たいよ」
「見たいんですかっ」
「大きな声出すと汐が起きるぞ」
「あ、すいません。少し、驚いてしまいました……」
「それで、もしかして見せてくれるのか?」
 逡巡する気配が、寝息を立てる汐の向こうから伝わってくる。やがて意を決したように動きが止まった。そして
「その……、できるだけ期待に添えるよう努力してみます……」
 言わせた……とうとう言わせちまった……俺は渚になんてことを言わせたんだ!? コスプレオッケー宣言だよ!
「渚」
「はい?」
「して欲しい恰好のリクエスト、いいか?」
「ええぇっ!?」
 またもや、逡巡の気配が寝息を立てる汐の向こうから伝わってくる。やがて意を決したように動きが止まった。そして
「はい……、どうぞ」
 うわぁ……オッケーされちゃったよ! ごくりと生唾を飲み込んで、朋也は口を開いた。唇が震えているのを自覚できる。
「言うぞ……」
「はいぃ」
 何を言われるのかと緊張しているのか、渚の声はうわずっている。
「……を直接履いてその上に――を着けて、とどめに……を装着」
「そんなの見たいんですかっ!?」
「だめか?」
 ダメ元で言ったリクエストだったから、断られても仕方ないとは思っていた。
「……ダメじゃないです」
 耳を疑った。
「マジか」
「ダメじゃないです。ダメじゃないですけど……、無理ですっ」
 やっぱりダメか。
「はは、そのうちだんごパンツ見せてくれよ」
 ちいさく、はい、と答えた声が聞こえた。
 リクエストはダメだったがしかし、やれるだけのことはやったというよくわからない達成感に包まれて、朋也は眠りにつくため目を閉じようとした、そのとき。
「小僧、起きてるのはわかってる。ちょっとツラ貸せや」
「おっさん?」「おとうさん?」
 なんだろうと廊下に出た朋也をヘッドロックの体勢に持ち込み、ひそひそと小声でその耳元に話しかける。
「……を直接履いてその上に――を着けて、とどめに……を装着、だと? 小僧てめえ、いい趣味してるじゃねえか」
「聞いてたのかよ、ていうかだからなんだよ」
 嫁のアレな姿を想像して何が悪い。
「写真を撮れ。俺様にも見せろ」
「撮らねえよ! っていうか撮っても見せねぇ! おっさんは早苗さんにやってもらえよ!」
「娘の成長した姿を見たいという親心を理解しろよ。お前にもそのうち今の俺の心境を理解する日が来る、絶対だ」
「来ねえよ」
「いいや、来る。娘が成長するとなぁ、男親とのコミュニケーションなんてどんどん減っていくんだよ。そういうもんなんだ。仕方のないことなんだよ」
 秋生の声がだんだんと沈んでいき、最後にはため息になった。
「……」
 秋生の言葉に、大きくなった汐が重なって見える。朋也の額を汗がつたった。
「だからこそ、娘の成長を知る数少ないチャンスは確実にゲットしなきゃならん。今がその時だ! それによ……」
 急にテンションの上がった秋生の声が、グッと低くなる。
「本当は見たいんだろう? 渚が……を直接履いてその上に――を着けて、とどめに……を装着した姿を」
 逡巡する朋也に、秋生は勝利を確信した。
「…………見たいっ!」
「だったら口説き落とせ。そして渚の成長の証を記録するんだ。わかったな」
 朋也が肯きかけたとき、ふたりを挟むように声がした。
「秋生さん」「朋也くん」

 ぽいぽいっ
 二人は玄関からほうきで掃かれるように放り出され、立ち尽くしていた。
『二人とも、少し頭を冷やしてきてください』
 お互い頭の上がらない女性にそう言われて、戦略的撤退を選択した結果であった。
「しゃーねぇ、しばらくぶらぶらして帰ろうぜ」
 秋生が歩き始める。
「どこ行くんだよ」
「いいから来いよ」
 この道は……
 途中で少しきつめのミニボトルと酒のアテを買った二人がやってきたのは――
「ここへ二人で来るのは久しぶりだな」
「……」
 あれはまだ、汐が渚のおなかにいた頃のことだった。秋生から、ここで起きた奇蹟のことを聞いた。
「まぁ、座れ」
 秋生はベンチに座り、コンビニ袋から取り出したボトルのキャップをひねると、一口煽ってよこした。
 ボトルを受け取った朋也がベンチに座って横を見ると、サラミを齧る秋生がいた。
「何か、話でもあるのか?」
 ここはおっさんにとって特別な場所のはずだ。ただ暇を潰すためだけの場所にここを選ぶとは考えにくかった。
「ん? あぁ、そうだな……」
 朋也の方を見ようともせず、空を見上げて何かを考えているようだった。朋也はじっと待った。
「なぁ朋也」
 空を見上げたまま、秋生が語りかける。朋也は緊張感を持ってそれに応えた。
「これから話すことは、全部想像だ。本人に確かめたわけじゃないし、確かめようもない。そのつもりで聞いてくれ」
「あれは渚が幼稚園に通いだした年だった。だんご大家族が大流行してな、渚もちっちぇえ体でよく唄ってた」
「早苗は初めて受験生を担任しててな、張り切ってた。生徒が希望の進路を選べるよう、それこそ寝食を惜しんでがんばってたよ」
「俺は公演で主役を射止めてな。金を取って舞台に立つ、プロの役者になって初めての大役だった。毎日、稽古に明け暮れていた」
「俺たちは二人とも、ここで努力することが未来に繋がると信じていた」
「だからといって渚を放っといたつもりは無かった。無かったが、な。結果は前に話したとおりだ」
 秋生の手が朋也に向かって伸びる。その手にボトルを渡した。少し傾けて、また朋也に返してよこす。
「お前も飲め。シラフが相手じゃあ話しにくい」
 朋也がボトルを傾けた音で、秋生は続きを話し始めた。
「未来に繋がるどころか、未来を失うところだった。俺たちはそれからずっと考えていたんだ。何を、どこで、どう間違ったのか」
「そして気づいたんだ。答えはずっと示され続けていた。俺たちがそれを見ようとしなかったんだってことに」
「渚がいつも唄っていた、だんご大家族。それが答えだった」
 秋生が言葉を切り、短い沈黙が降りた。駐車場を出て行く車のヘッドライトが一瞬、ベンチの二人を照らす。
「俺たちはずっと、渚はだんご大家族が好きなんだと考えていた。だがそれは好き、なんてもんじゃなかったんだ。渚は必死だったんだ」
「受験が近づくにつれ舞台が近づくにつれ、余裕を無くしていく俺たちに、あいつは我が儘一つ、恨み言一つ言わなかった」
「俺たちの邪魔をしないよう、手のかからない子供で居ようとしてくれていた。そうすることが、俺たちを助けることだったからだ」
「そして同時に叫んでいたんだ。寂しいって、助けてって、な……」
「あいつの聞き分けのよさに俺たちは甘えていた。まだ4歳でしかないことを知っていたのに、頭から追い出したんだ」
 淡々と、感情の感じさせない声は逆に、複雑な感情を表しているように感じられた。
「仲の良かった頃に戻りたい、そのためには俺たちを助けること。それがあいつの、家族としてのあり方だった」
「あいつはだんごなんだ。家族は助け合う、だから助けて欲しいときほど誰かを助けようとする」
「あいつは他人を助けることでしか、助けてと言うことができないだんごなんだ」
「……」
「さあてそろそろいいだろ、帰るぞ」
 立ち上がって歩き始めた秋生の後ろを、朋也が付いて歩く。
 玄関前にたどり着いて、門扉に手をかけた秋生の後ろから朋也が訊いた。
「なぁおっさん、だんご大家族は好きか?」
 秋生は振り返り、にかっと笑うと、親指をぐっと立ててみせる。
 それを見た朋也も、親指を立てて応えた。

 朋也が部屋に戻ると、渚がお帰りなさいと声を掛けてきた。
「まだ起きてたのか」
 寝間着に着替え、布団にもどる。
「おとうさんと、何かお話だったんでしょうか」
 渚は時々、妙に鋭い。
「大したことじゃない。渚の成長記録を残そうなんて話じゃないから安心しろ」
「そうですか」
「朝はパン焼きの手伝いをするんだろ? 早いんだからもう寝ようぜ」
「はい。おやすみなさいです」
「渚」
「なんでしょうか」
「俺、だんご大家族のこと今までよりもっと好きになったよ」
「そうですか、すごく嬉しいです」
 俺もだんごのように在ろう。渚とおっさんと早苗さんがそう在ろうとしてきたように。
 汐にも、そう在ろうと思えるような人間に育って欲しい。
 そしていつか、みんなでだんごになる日まで――



fin.


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